86、三度めの催眠術

 永山に催眠術をかける際、影子は人間心理学の理論を応用すると口にします。第12話「半陰陽」の冒頭で、正一が図書室から借りた本のうち、唯 一、出典不明だった人間心理学が、こんなところでひょっこり生かされる事になった訳です。もっとも、これは完全な架空心理学ですので、恐怖こそが人間の行 動の原動力だと言う仮説も全くのデタラメにすぎません。
 かくて、「影の少女rewrite」では、二回、催眠術が使われた事になります。一回目 は正一が被験者であり(第10話)、二回目は、この永山への催眠術で、施行者は影子です。この二つの催眠術のエピソードがある事で、影子が催眠術を使え て、正一は催眠術にかかりやすいという伏線が確立し、第16話「地球の独裁者」の内容が、全て、正一が影子に催眠術で見せられていたものだったというオチ が、それほど強引な展開ではなくなるのであります。
 第16話のストーリーは、いっさいが正一の幻視なのであり、影子が本当に築こうとした未来そ のものではなかった事を忘れてはいけません。正一は多くの驚愕の光景を目にしましたが、それは基本的に正一自身が持つイメージに基づいたものなのであり、 影子が実際に見せたかったパノラマとは違ったかもしれないと言う事です。
 たとえば、桐生と永山への拷問シーンのあと、青ざめている正一に、影子 は「どうしたの?何を見ているの?」と不思議な問いかけをしてますが、恐らく、影子としては、もっとソフトな拷問光景を見せるつもりだったのに、正一が勝 手に暴走した幻視を見てしまったと言う事なのでしょう。そもそも、影子は「エコに対する反逆者」としか言ってないのに、正一は「影子の敵」と言えば、あっ さり桐生と永山を思い浮かべてしまっている始末です。正一の幻視内の拷問室に、鉄の処女やギロチンがあったのも、影子と一緒に見たスプラッター映画の影響 かと思われます。
 催眠術の幻視内の影子が完全な美少女に戻っていたのも正一の願望だったのでしょうし、アルファ波発生装置エバがしかく円バン そっくりだったのも、正一の貧困な想像力の賜物なのでしょう。正一はアルファ波無効化の仕掛けを後頭部に施されていた事になっていましたが、これさえも、 ゴテゴテした大きな機械などではなく、影子としては、バリヤ装置を脳内に埋め込んだ際の縫合跡程度のものを正一に見せたかったのかもしれないのです。
 こんな感じで、第16話の描写面の内容では、はっきりと信用できそうなものはほとんど無くて、影子が築こうとしたユートピアは、正一が催眠術で直面したものよりも、はるかに善意的で、住みやすい世界だった可能性もありえたのでした。

 

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