影の少女オリジナル

 

こ の小説は、私が中学二年生の時に書いた(25年以上前)、まさに「影子」誕生作でして、ここまで未熟な作品を披露してよいものかどうか迷ったのですが、こ のルーツがなければ、影子の全体像は把握できないでしょうし、あえて掲載する事にしました。キャラクター名を現在のものに統一する以外、加筆や修正はでき る限り避けましたので、あまりに文章やストーリー展開がひどすぎるのが目立ちましても、それはガキの書いたヘタクソな小説なのだと思って、どうか、大目に 見てください。
ともあれ、私と影子の付き合いは、ここから始まりました。読めば分かる通り、最初の影子のミュータント性とは超能力だったのです。 この特徴は、マンガの「影子ちゃんのミュータント宣言」やシナリオの「ゼカリヤ!」などにも引き継がれてゆく事になります。この頃から、私は眉村卓の小説 を愛読してましたので、本作もジュブナイルSFっぽく仕上げられてますが、読み比べてもらえれば分かりますように、「影の少女 rewrite」は、この原点のストーリーの流れや基本設定を、きちんと書きなぞっています。「超能力」というメイン要素を取り払った事で、決して全くの 別物になってしまったのでもない訳です。
まだキャラが完成されていなかった、この最初の影子ちゃんは、無邪気で知的なばかりではなく、ひどく感情 的で、自分の敵も憎むし、きわめて残酷になったりもします。今日の完成された人格の影子を先に見た人には影子に見えないかもしれませんが、ともあれ、ここ から影子の成長は始まったのです。

 

      1 転入生

 教室の戸が開き、太田先生がはいってきた。そのあとから小柄な髪の長い少女がついてきている。
(転入生だな)僕は思った。僕の名は所沢正一。現在、中学三年である。
 先生が教壇に立った。女の子はまだ顔を下にしている。恥ずかしいのだろう。
 先生が言った。
「今日から、このクラスに新しい子が来る事になった。間野さんだ」先生は、隣にいる女の子を指差した。彼女は、恥ずかしそうに顔を上げた。
(あっ、かわいい)僕は思った。その子は、まるで映画なんかに出てきそうな美しい顔をしてた。スタイルも少し背が低い事を抜かせば、抜群だった。彼女は恥ずかしそうに言った。
「間野影子です。よろしく」彼女は微笑した。しかし、それは無理に作っている事がはっきり分かった。
(ヘタクソだなあ。あの子、笑った事ないのかな)僕は思った。
 よく見ると、彼女は震えてるではないか。
(おかしな子だ。震えるのは、まだ早いのに)
 すると、先生は言った。
「みんな、間野さんと仲良くしろよ。さ、間野、お前はあの席に行きなさい」先生は前の隅の席を指差した。僕の席とは、かなり離れていた。
(チェッ。もう少し近くならいいのに)僕は、彼女の席を眺めながら、思った。僕の席は彼女の席よりだいぶ後ろにある。
 そのうち、影子はびくびくしながら、自分の席へと歩いていった。そんな彼女の姿を見ると、何となくからかってやりたい気持ちになった。
(変だなあ)僕はおかしく思った。
 僕は自慢ではないが、まだ一度も人をからかったりした事がない。気が小さいせいかもしれない。しかし、彼女に限って、からかいたく感じるのだ。
(ま、僕だって人間だ。からかいたくならない方がおかしいんだ)そう思って、その気持ちをしずめた。

 ホームルームも終わり、やっと先生が出て行くと、クラスの男子がいっぺんに影子の所に集まった。珍しいせいだけじゃなく、かわいいから友達になりたかったのだろう。僕は、自分の入る隙間は恐らく無いだろうと感じ、席からそれを見ていた。
(近づくチャンスぐらい、沢山あるさ)そう思ったのだ。
  男子生徒の行動は、次第に影子へのからかいに変わっていった。彼女の鉛筆を取り上げ、返してもらおうとする彼女になかなか返さず、皆でキャッチボールをし だしたのだ。今にも泣きそうな影子を見てると、僕も一緒にからかってやりたくなった。しかし、それは止めた。今に奴らがあそこに行くに違いないのだ。思っ た通り、奴らは男子を追っ払い、影子の前に来た。
「ほら、鉛筆返してやったぜ」奴は、二人の仲間を連れて、鉛筆を影子に渡した。奴とはスケ番の桐 生の事である。彼女は、爪田と大場の二人の子分をつけてる、この学校一の暴れ者である。彼女たちの為、この学級は笑いを失っていた。ちょっとでも出しゃ ばった真似をすると、彼女たちにしごかれるのだ。
 影子にもその運命が待っていた。鉛筆を返してもらうと、彼女は喜んで言った。
「すみません。助けてくれて・・・」
 すると、桐生は怒鳴った。
「馴れ馴れしい口きくな!鉛筆取られたぐらいで泣きそうになりやがって、自分が今何才だと思ってんだ。さ、しごいてやる!」
 その時、ベルが鳴った。
「ちっ、もう休み時間は終わりか。あとでしごいてやる」そう言って、桐生は席に戻った。
 影子が震えているのが、僕の席からもはっきりと分かった。彼女がこれから桐生たちにいじめられる的にされる事は大体検討がついてた。桐生たちは、転入生ばかり狙って、しつこくいびるタチなのだ。
(この学校に来たのが悪かったのさ。ま、諦めた方がいいね)僕は、震えてる影子を見ながら、思った。普通なら同情するはずの僕がそういう気持ちになるのは不思議だった。

 影子は何をやってもダメな女の子だった。勉強も大したできるようじゃないし、運動もダメ。しかも、内気で、いつも教室の影にいた。
 だから、桐生たちにとっては丁度いいいじめられ役となった。何かあるたび、彼女はいじめられた。しかし、誰もそれを止めなかった。この同情的な僕でさえ、そんな気にならないのだ。皆が止めないのも当たり前だろう。
 彼女に対しての僕の心構えは本当におかしかった。彼女が泣いてたりすると、もっと泣けもっと泣けと思ってしまうのだ。この気持ちは皆同じかもしれなかった。だから、皆はつい影子をいじめてしまうのだ。
  彼女は、近づくと誰もが自分をいじめる事を知ってたので、いつも独りぼっちでいた。可愛らしい女の子が仲間はずれにされてるところを思い浮かべると可哀想 だと思う読者もいるかもしれないが、一度でも彼女を見てみたまえ。その人だって、彼女をからかいたくなってしまうだろう。彼女はとにかく、いつも独りぼっ ちだった。

 そんなある日、学校の帰り、僕は偶然、影子を見つけた。彼女は寂しそうにうつむいて歩いていた。
 僕はまだ彼女に接近した事がなかった。彼女に近づくと、ついいじめたくなってしまうからだ。しかし、僕は皆に自分の事を優しい人間だと思わせているので、いじめる事ができない。そこで、近くにクラスメートが居ない事を確かめると、ソーッと僕は影子に近づいた。
「だれ?」突如として彼女が振り向いた。
 僕はびっくりして飛び退いた。
 彼女はびくびくしながら言った。
「あなたは、同じクラスの所沢さんね。何の用?どうせ、私をいじめようとしたんだと思うんだけど・・・」
 こうズバッと言われたら、いじめにくかった。仕方なく僕は言った。
「違うよ。一緒に帰ろうかと思ったんだ」
「そう」影子が微笑した。心から笑ったらしかった。よっぽど嬉しかったのだろう。
 彼女の笑顔を見ると、ますますいじめにくくなってきた。チャンスがあったらいじめようと、僕は彼女と一緒に歩き出した。
「あなたのように優しい人と巡り会えて良かった」彼女が言った。
 なんか、ますますいじめにくくなってきた。仕方なくいじめるのは諦めた。
「あなたの口が堅そうだから言うけど、私、本当は学校きらいなの」
「そりゃそうだろうな」僕はつぶやいた。
「それだけじゃないわ。私、世の中全部が嫌いなの」
「じゃあ、自分の家も嫌いなのかい?」
「ええ。ママがいじめるんですもの」
「ママがいじめるって、ママ母なのかい?」
「いいえ。本当のママよ」
「変わってる。もしかして君は、もう子供が沢山いるから、いじめられるんじゃない?」
「私、一人っ子よ」
「えっ」僕は驚いた。
 普通、親は一人っ子なら可愛がるはずなのだ。しかも、本当の親だと言うし・・・。
「変わった親だな」僕はつぶやいた。
 影子は言った。
「私にこう親しくしてくれた人はあなたがはじめて・・・。本当にあなたに会えて良かった」
 僕は返事に困った。
「私が近づくと、誰もが私をいじめたわ。何もしてないのに・・・。だから、私、孤独だったわ。それで、時々思ったの。私はもしかして、いじめられる為、生まれてきたんじゃないかって」
(いじめられる為ねえ)
 僕は考えた。彼女を見てると、そんな感じもする。あの美しさを持ちながら、なぜか彼女を見てるといじめたくなってくるのだ。
「あ、私の家だわ。さようなら」
 影子は、自分の家を見つけると帰っていった。僕はそれを見送った。

 それから、影子は僕に近づこうとしだした。彼女があんなに人懐っこいなんて、はじめて知った。噂されたくないので、僕は彼女から逃げまくった。それを見ている彼女は寂しそうだった。
 そんなある日、とうとう僕は彼女につかまってしまったのだ。それは学校の帰りでだった。
「待ってー」
 後ろの声に僕は振り向いた。影子だった。
「しつこいなー!」
 僕は思った。
(よし、今日こそ怒鳴りつけてやる)
 しかし、それは出来なかった。彼女がとんでもない事を言ったのだ。
「所沢さん、今日の数学のテスト、40点だったって話ね。私が、残りの答え、教えてあげるわ」
「えっ、お前が」僕は吹き出した。「なに、バカなこと言ってんだよ。僕の方が君より点数いいはずなんだよ」
「私が点数悪いの、訳があるのよ」
「訳って?」
「面倒くさいから書かないだけ。本当は知ってるの」
「知ってるなら、書けばいいのに」
「別に点数気にならないもの。とにかく、うちに来て」
 僕はついていった。影子の言う事が本当か確かめたかったのだ。

 影子の家に僕たちは入った。
 彼女をいつもいじめると言うママは居なかった。
「二階に私の部屋があるの」そう言って、彼女は階段を昇っていった。
 僕はついていった。彼女の後ろ姿を見ていると、何かからかいたくなったが(いつもの事である)、彼女を今怒らしたら、彼女の言う事を確かめられなくなるから、その気持ちを抑えた。
「ここが私の部屋よ」
 二階に昇ると、楽しそうに戸を開けた。そこはみすぼらしい部屋だった。何もおかれていず、ただ古いピアノだけが目立った。
「答案用紙、出して」
 僕はテストを彼女に渡した。彼女はものすごい勢いでそれに答えを書き出した。
「はい、出来たわ」
 彼女は三分も経たないうち、僕にテストを返した。
(本当にあってんのかよ)
 僕はそう思い、テストを見た。僕の書き残した回答欄が影子のきれいな字で埋まっていた。僕は教科書を出して、あってるか調べた。すると、驚く事に一つも間違いがないのだ。
(すごい)
 僕が驚いた時、ピアノの音が聞こえた。影子が弾いていたのである。鮮やかなスピードで、僕の知らない歌が弾かれていた。
「君って凄いなあ。こんなにピアノうまかったなんて、知らなかった」
「へへへ」
 彼女の超人技を見てると、彼女へのいじめたい気持ちはいつの間にか消えていた。
「影子!」その時、下から声が聞こえた。
「ママだわ」
 影子はその声に怯え、ピアノの影に隠れた。すると、一人の中年女が入って来た。影子の母である。
「影子、この人は誰です?」
「私の友達よ」
「そんな人、早く返しなさい。お前も柔道の時間ですよ」
「柔道だって!」僕はびっくりした。「ちょっと、おばさん、影子は女の子じゃないの。なんで、柔道なんか、やらせてるの?」
「いいんです。この子は運動不足なんだから。そのくらいの運動、しなくては」
「嫌よ、もう柔道なんてしたくない・・・」影子は泣き叫んだ。
「我がまま言うんじゃありません。たかが子供のくせに」
 そう言って、影子の母は影子を連れていってしまった。僕は、それを唖然として見た。
(嫌がってるのに無理やり柔道をやらせたりして、影子の母はおかしいのではなかろうか。自分の子をいじめたりして・・・。それに、影子も本当は頭がいいのに、なぜテストで実力を出さないのだろうか?)
 謎は深まるばかりだった。

 次の日の日曜日、僕は太田先生の家へ行ってきた。影子が本当はテストで満点をとれる事を知らせる為である。
「やっぱり、そうか」先生はうなずいた。「あの子のテスト用紙を見ると、簡単に書けるところしかやってないんだ。おかしいと思ってた。あの知能指数で・・・」
「あの知能指数って、先生、間野さんのIQ、知ってるんですか?」
「ああ、前の学校の資料に書かれてた。なんと140を軽く超えてるんだよ」
「140超えてると言われても、平均知能指数がいくらか分からないから、よく分かんないや」
「ゴメン、ゴメン。簡単に説明するよ。普通100が人間の平均知能指数なんだ。そして、140を超えると天才だと言われてるんだ」
「間野さん、天才だったのか。あんなややこやしい曲、簡単に弾いてたもな」
「なに?」
「間野さん、ピアノ弾くのが趣味なんですよ」
「へえ、いい趣味だ。ところで、所沢、クラスでの間野の様子はどうだ」
「いつも、皆から仲間はずれのようですよ。自分から閉じこもってしまってるようだけど」
 桐生がいじめてる事は、あとの仕返しが怖かったので言わなかった。
 先生は腕組みしながら言った。
「やはり、そうか・・・。あの子は、前の学校でも独りぼっちだったんだ。なんか、彼女は人付き合いができない性質らしいんだ。お前だけは、間野と別れるなよ」
「ええ」
 僕は先生と別れた。

      2 リンチ

 影子は毎日のように桐生たちにいじめられた。彼女たちのいじめ方もエスカレートしていくらしかった。しかし、それを止める事は僕にもできなかった。桐生たちに逆らうと、どんな目にあうか分からないからだ。影子はますます閉じこもっていった。

「所沢さーん。待ってー」
 帰り道、影子が僕を追っかけてきた。
(またか・・)僕は思った。彼女は僕を兄のように慕ってしまった。
「今日はなんだよ」僕は面倒くさそうに言った。
 うるさいので、僕はなるべく影子とは離れようとするのだが、彼女は放してくれなかった。
「今日は、私の秘密基地に案内してあげる」
「いいよ、帰ろ、帰ろ」
 すると、影子の顔が泣きそうになった。よっぽど僕と居たいのだろう。
「分かった、分かった」人目を気にして、僕は言った。
 仕方なく、はしゃぐ影子に僕はついていった。

「ここが、私の秘密基地よ」
 そこは、近くの森のど真ん中にある洋館だった。
「へえ。持ち主、居るのかい?」
「居ないわ。10年も前に、ここに居た人、引っ越したんですって」
「しかし、よくこんな森の中なのに見つけたねえ」
「前、家出した時、偶然ここに来て発見したのよ」
「家出ねえ」僕は、彼女の母を思い浮かべながら、つぶやいた。
 影子ははしゃいだ。
「ね。早く中に入りましょ。立派なピアノ、あるのよ」
 僕は彼女について、中にはいっていった。

「しかし、ボロだなあ」家具などバラバラになっている内部を見て、僕は言った。
「気を付けた方がいいわよ。壊れている家具もあるから」
「危なっかしいな」
「でも、ピアノは新品よ。ほら」
 寝室らしき部屋に置いてあるピアノを、影子は指差した。そして、それに飛びつき、ピアノを弾きだした。前に弾いた曲である。
「いい曲だね。なんて曲なの?」
「知らない」
「知らないって・・・」
「だって、自分で作った歌だも」そう言って。またピアノを弾きだした。
(自分で作曲するなんて、確かに天才だな)僕は思った。
 無邪気にピアノを弾いている彼女を見てると、また彼女をいじめたくなってきた。彼女と付き合ってる間、そっちゅう僕は彼女をいじめたくなった。しかし、僕は彼女をいじめたくなかった。でも、いじめたい心も強かった。それを抑えるのが僕も辛かったのである。
(もうこれ以上、こんな事繰り返したくない)
 僕は思い、つい言った。
「影子ちゃん。もう僕たち、絶交しよう」
「どっ、どうして?」影子は指を止めた。
「君と付き合ってたら、僕はとっても辛いんだ」
「なぜ?」
「君を見てたら、ついいじめたくなってしまうんだ。それをこらえるのがとても辛いんだ」
「・・・」彼女はピアノを弾くのを止めた。その目は震えていた。
 彼女は叫んだ。
「せっかく、いい友達だと思ったのに・・・。やっぱり他の人たちと同じだったのね。あなたなんて死んでしまえばいいんだわ」
 その途端だった。近くに掛かってた絵が、僕目がけて、ものすごいスピードで落ちてきたのである。
「危ない」
 慌てて僕はよけた。絵は床に落ちて、割れた。
「危なっかしい家だなあ」
 僕が言った時、影子は泣き出した。仕方なく言った。
「嘘だよ。冗談。君をびっくりさせただけさ」
「ほんと?」彼女の泣き顔が笑顔に変わった。
 この調子だと、とうぶん絶交はできそうもなかった。

 桐生たちは、影子をますます酷くいじめだした。僕は無視してたから、よく分からないが、だいぶ酷いらしかった。彼女もやはり人の子だった。帰り道でいろいろ愚痴を僕に言った。
 ところで、今までの事はこれから起こる大事件の付け足しにしか過ぎなかった。あのとんでもない事件が、あの大事件のきっかけを作ったのだった。

 あの日、放課後、僕は太田先生に徹底的に叱られていた。掃除をさぼったのがばれたのだ。先生の怒鳴り声に耳を押さえ、やっと説教が終わった。
(フーッ、やっと帰れる)
 僕は息をついて、教室の方へ歩いていった。教室の方で何か話し声が聞こえた。
(まだ誰か居るのかな)
 教室に近づくにつれて、それが影子と桐生たちだと分かった。影子の泣き叫ぶ声が聞こえた。
(桐生め、また影子いじめてんだな)
 僕は走って教室に向かった。そして、ドアを開けると、桐生たちが何をしてるのか、隠れて見た。

 中では、泣き叫ぶ影子が爪田につかまっていた。その前では、桐生がカミソリを振り回しながら、怒鳴ってた。
「言っとくが、今日オレは彼氏に振られたんだ!もう悔しくてたまらないんだ!全部、お前に八つ当たりしてやる!」
 そして、影子の髪を剃りだしたのだ。これはちょっとやり過ぎである。
「止めろよ」僕は止めにかかった。
「フン。大場、そいつをつかまえな」
 僕は大場に押さえつけられた。桐生は悪魔の笑いを浮かべ、言った。
「オレに逆らえばどうなるか、見てるんだな」
 顔を赤くして泣いている影子の髪を桐生は剃りだした。
「もう止めれ。行き過ぎだ!」僕は叫んだ。
「フン、これからだぜ」
 あの影子の長い髪はパラパラと主人から離れていった。もう僕には見ていられなかった。今ではもう彼女をいじめたい気持ちなど少しも起こらなかった。彼女の髪はハゲに近く剃られた。
「もう影子を許してやれ!」僕は怒鳴った。
「まだまだ」
 泣いてる影子に、さらに桐生はカミソリを近づけた。そして、彼女の美しい顔をカミソリで傷をつけだしたのだ。彼女はものすごい悲鳴をあげた。彼女は顔中から血を流して、泣いた。それはもう、いじめてるとは言えなかった。リンチと言っても良かった。
「貴様ら、影子を殺す気か」僕は怒鳴りまくった。
「フフフ。これからが本番だ。おい、爪田、影子の服を脱がせ。体中に傷をつけてやるんだ」
「やっ、止めれ。これ以上、影子をいじめるな」僕は必死に叫んだ。大場さえ押さえつけてなければ、影子を助けようとしたのだが・・・。
 その時、泣いてた影子が叫んだ。
「もう止めて・・・。なぜ私ばっかり、いじめるの?」
 あの時の影子の目は、追いつめられた猫の目に似ていた。
 その途端、桐生のカミソリが爪田へと飛んだ。
「わっ」爪田は、額に刺さったカミソリを抜いた。
「爪田、大丈夫?」桐生が爪田に寄った。
「イタタ、タタ」爪田は泣きべそをかいていた。
 桐生は言った。
「今日のいじめはこれまでだ。明日、続きをしてやる!」
 爪田を慰めながら、桐生たちは出ていった。
「大丈夫かい。保健室で治療してこよう」僕は影子に近づいた。
 彼女は、泣きながら言った。
「もう嫌よ。こんな残酷な人間の住む世界に生きていたくないわ・・・」
 その途端、教室の窓ガラスの一つが割れた。僕はびっくりして、そっちを見たが、誰かが石を投げて割ったのとも違った。
「ま、いい。保健室に行こう」
 泣きじゃくる影子を連れて、僕は保健室に行った。

 影子は可哀想だった。顔中にサビオを貼りまくって、泣き叫んでた。
「なぜ私ばっかりがこんな目に合わなくちゃいけないの?不公平よ。もう、こんな生活、いや。死にたい・・・」
「そんな弱気じゃダメだよ。そんな傷、すぐ直る!」
 とは言ったものの、もしかしたら、あの傷は永久に直らないかもしれなかった。それに、あの美しい黒髪もいつまで待てば、元の長さに戻るのだろうか・・・。彼女にさすがに同情してしまった。
「もう、私、帰る」
 影子は、僕を置いて、出て行ってしまった。
「待てよ」
 僕は追ったが、もう彼女はどこかに行ったらしく見当たらなかった。

 次の日から、それっきり影子は来なかった。
 太田先生は言った。
「間野さんだが、彼女は何かの理由で家出してしまったそうだ。彼女の行先を知っている人がいたら、先生にすぐ教えてくれ」
(影子のやつ、この世が嫌になったって言ってたからな。もしかしたら・・・)僕は慌てた。
 だが、先生のところより早く僕の方に影子のデータがはいった。
「おい。お前の恋人が昨日、映画見てたぜ」大した親しくもない三川が、僕にこう言ったのだ。
「恋人って、影子の事か?」
「あっ、いっぺんに分かった。やっぱり恋人だったんだな」
「うるせー。一体、何の映画見てたんだ?」
「何だったっけ。5丁目の映画館に入ってくのを偶然見かけたんだ」
「一体、どんな題名だった?」
「知るか、そこまで。確かに外国映画だったぜ。おおかた恋物語か何かじゃない?」
 僕は三川から離れた。
(影子に映画鑑賞の趣味、あったっけ?よし、どんな映画に彼女は興味をそそられたのか、見てきてやる)

 その日の放課後、僕は5丁目の映画館に寄った。そこは、もう古い映画ばかりやっていた。
「さて、外国映画、外国映画」
 僕は看板を見たが、外国映画は二、三本しか無かった。しかし、戦争ものやスポーツ風の題名ばかりで、恋物語のようなのは全然見当たらない。ただ一つ、女性の名のものが一つだけあった。「キャリー」と言うやつである。
(これしか恋物語って感じの題名、無いな〜。きっと、これだろう)
 そう思い、小遣いをはたいて、その映画を見てみた。しかし、どうだ。この映画のどこが恋物語だと言うのだ。完全なオカルトじゃないか。なんか、ずっこけた。
 映画の内容を軽く説明したいと思う。
「キャリーと言う、超能力を使える女生徒がいた。彼女は、何をしてもダメだった為、皆からいじめられていた。そのうち、パーティで恥をかかされたキャリーは超能力でそこにいた全生徒を殺してしまった。最後にキャリーは、自分の超能力で死んでしまう」
 最初、大した手掛かりにもなりそうじゃなかったので、がっかりしたが、恐ろしい偶然にハッとした。つまり、この映画の主人公キャリーと影子が似てるのだ。
(もしかしたら・・・)
 なんか、僕は怖くなってきた。
(影子は、これを見て、自分がこの映画のキャリーと同じ事に気がついたんだ。そして、世間に復讐する為・・・)
 僕はゾーッとしてきた。

 翌日、また太田先生のところへ僕は行った。そして、仕返しを覚悟の上で、桐生が影子をいじめた事、影子と映画が似ている事を話した。
「なんと言う事だ。じゃあ、お前は皆に復讐する為、間野は家出したと言うのか」
「うん」
「間野もバカな事してくれたもんだ。先生も前、その映画は見たが、あの主人公、確かに間野と似ていた。しかし、間野はあの主人公・・・えーと、なんて名だっけ?」
「キャリーじゃない?」
「そう、キャリーと違って、超能力は使えないじゃないか。バカな事しおって」
「僕、思うんだけど、影子も超能力を使えたんじゃないかと思うんだけど・・・」
「どうして?」
「だって、一番重要な超能力を使えないと、復讐しようにも実行できないじゃないか」
「それもそうだなあ」
「きっと、あの映画が実行のきっかけになったんだよ」
「他に、はっきりした証拠はあるのかい?」
「はっきりしてるかどうかは分からないんだけど、僕の教室のガラス、割れてるでしょ。あれ、恐らく影子が割ったんだと思うんだよ」
「どうして?」
「影子がいじめられ、グチを言った途端、突如としてガラスが割れたのをはっきり見たんだ。恐らく、いじめられた憎しみが超能力を発揮させ、その勢いでガラスが割れたんだと思うんだけど。他にも、似たような事が何回もあった」
「ウーム」
 先生は汗をかいてた。恐らく、影子がこれからどんな事をするか、その想像に震えてたのだろう。
「どう、参考になった?」
「じゅうぶん参考になった。急いで間野を探さないと。お前の話が真実だったら、あいつ、次々に殺人をおかしていくぞ」
「桐生たちはどうするの?」
「それはあとだ。間野を探すのが先だ」
 しごかれるのが延びて、僕はホッとした。
 先生は言った。
「よし、考えられるところを次々とあたって、間野を絶対見つけ出そう。皆には、先生から探すのを手伝うように言っておく」
 そして、僕は先生と別れた。

      3 復讐

 次の日から僕は影子を探し始めた。しかし、僕と影子の付き合いはまだほんのひと月ほどである。どこを探せばいいか、さっぱり分からなかった。そこで思い付いたのは、僕が影子だったら、どういう行動をとるかだった。
(やるとしたら、自分の超能力を操れるようにする事だろうな。とすると、その説明を書いた本を手に入れようとするはずだ)
 僕は近くの本屋へと行った。そして、そこの主人に聞いた。
「あのー、三日前、髪の長い、歳は僕ぐらいの女の子が本買っていきませんでしたか?」
「さあね」
 僕は思い出した。影子は髪を剃られて、まともに見られる顔じゃなかったのだ。影子の事だ、きっと顔を隠していただろう。
「じゃあ、顔を帽子か何かで隠した女の子、見ませんでしたか?」
「さあ」
 どうやら、この本屋には影子は来てないらしかった。僕はそこを出た。

 それから僕は近くの本屋を片っ端から当たってみた。しかし、影子らしき子が来た本屋は見つからなかった。十何軒かめを廻った時、僕は思った。
(一体、どこの本屋に行ったんだろう。これ以上遠い本屋にわざわざ行くとは思えないし・・・。超能力の本、持ってたのかな?いや待てよ。本屋だけとは限らない。もしかしたら、図書館に行ったのかも)
 ハッと思い、僕は近くにある図書館に向かった。

「あのー、顔を隠した女の子が三日前、来てませんでしたか?」
「そう言えば、麦わら帽子で顔を隠した女の子が来てましたよ」
 図書館の係のお姉さんがそう言い、僕はホッとした。やっと影子らしきものが見つかったのだ。続けて、こう質問した。
「その子、何の本、読んでました?」
「確か、万能原色百科事典を見てましたけど、何読んでたかまではちょっと・・・」
「それだけで十分です」
 僕は、その百科事典を引っ張りだした。恐らく、超能力について調べたのだろう。僕は「超能力」を引いた。そこには、こう書かれてあった。
「超能力
科学上信じられない、特別な能力の事。テレパシー、念力、予言などの事を指す。これらの能力を使える人間の事をエスパー、またはミュータントとも言う」
(エスパーって何だ?)
 調子に乗って、僕は「エスパー」を引いた。
「エスパー
超能力者の事」
 あんまり単純に書かれてあるので、ちょっとずっこけた。
(じゃあ、ミュータントは何だ?)
 今度は「ミュータント」を引いてみた。
「ミュータント
突然変異の意味。親と似てない子が生まれる事。別の言い方で言うと、その子はその種族が進化した姿で、そういう子が沢山生まれだすと、元の種族は次第に減り、滅びていく」
(なんだ?どういう意味だ)
 この時は、このページの重要さに僕はちっとも気が付かなかった。もし、この時気が付けば、あの大事件が起きずに済んだのに・・・。
(大した参考にもならなかったなあ)
 そう思いながら、僕は図書館を出た。

 その日の晩、僕はすっかり疲れていた。なんたって十何軒も本屋を歩きまくったんだから、疲れない方がおかしい。11時の鐘がなった。
「いつもより三時間早いけど、もう寝よっと」
 僕は布団に潜った。
 その時だった。外で、消防車のサイレンが聞こえたのである。
「火事だ!」
 僕は、疲れを忘れ、立ち上がった。ここらへんは火事が少ないので、なるべく見逃したくない。簡単に着替えると、親が止めるのも聞かずに、うちを飛び出した。
 遠くの方にかすかに火が見える。
「あっちだ!」
 僕はそっちの方に走っていった。
(そう言えば、あそこらへんに影子の家があったんじゃないかな。もしかして、燃えたの、影子の家だったりして)
 なんと、その僕の想像は当たってたのだ。僕はびっくりした。
「まさかね・・・」僕は冷や汗が出た。
 影子の家はもう焼け崩れたあとだった。近くでは、沢山の人が泣いていた。噂によると、家とともに影子の母も焼け死んでしまったと言うのである。
(影子のやつ、この事知ったら、びっくりするだろうな)そう思い、僕はハッとした。(もしかして、母に復讐する為、影子が放火したのでは・・・)
 ゾーッとして、僕は原因を調べている警官の話を盗み聞きした。
「ストーブが爆発したようですな」
 警官の話に僕はホッとした。
 だが、警官はこう付け加えて言ったのだ。
「分からないのは、ストーブが爆発した原因で、ものすごい力でストーブを床に叩き付けたようなんだ。泥棒が入った痕跡も無いし、一緒に焼け死んだ間野さんはその時寝てたらしい。誰がやったのか・・・」
(もしかして影子が・・・。いや、影子がやったんなら、爆発に巻き込まれて、影子も死んでしまうはずだ)
 しかし、そのあとゾーッとする結論が出た。
(影子のやつ、超能力を使えたんだ。遠くから念力でストーブを爆発させた・・・)
 震えが止まらなくなった。影子は、映画と同じように自分をいじめた母に復讐したのだ。
(この調子だと、もっと被害者が出るかもしれない)
 その日は寒気がして、朝まで眠れなかった。

(このまま影子をのさばらしておいたら、被害者が増えるばかりだ)
 僕はあの日から一生懸命影子を探した。しかし、依然として彼女は見つからなかった。彼女を捜すのに夢中になり、僕はちっとも授業に身が入らなかった。また、影子が放火したと言う仮説は、まだ誰にも言っておかなかった。ちょっと、この説は恐ろしすぎたからだ。
 そう、あの時も、その事ばかりを考えていた。英語の先生の朗読が全然つまらない為、あの事に頭がいってしまうのだ。
(今度は誰が狙われてるか分からないのに、なぜ、わざわざ授業をしないといけないんだ。授業の時間、皆で影子を探せば、被害者が出なくて済むのに)
 それと同じ事をしつこく何回も考えていた。そればっかり考え、次第に飽きてきた。僕があくびをしようとした時だった。再び影子の復讐が起こったのである。
「わーっ!」
 このものすごい悲鳴で、僕のあくびは止まった。続けて、窓が割れ、再び悲鳴が聞こえた。爪田が、まるで投げられたかのごとく、席から窓の外に吹っ飛んだのである。
 先生を先頭に、皆はいっせいに窓に寄った。すいてから、僕も行ったが、下では、グランドに叩き付けられ、爪田が倒れていた。
「早く、爪田を保健室へ運ぶんだ」先生が慌てて指導した。
 しかし、突如どこからともなく、不思議な声が聞こえたのだ。
「今から行ってもムダよ。爪田はもう死んでるわ。ホホホホホ」
「誰だ!」先生が怒鳴った。
 しかし、返事はなかった。
 そのうち、下から爪田を生徒が運んできた。あの謎の声どおり、爪田は即死だった。
 皆、その戦慄に震えてたが、恐らく、僕ほどではなかっただろう。なぜなら、声の主が誰だか、僕にははっきり分かってたからだ。そう、あの声は影子の声だったのだ。

 これで、影子の狙いが桐生たちだと言う事がはっきり分かった。
(早く探し出さないと)
 僕は、もう必死になって影子を探し出した。しかし、噂一つ聞かなかった。
 夕暮れの町を、僕はしょんぼりと歩いていた。すると、前から桐生が歩いてくるではないか。
(まずいところであったなあ)僕は思った。
 いじめられ役の影子がいない事と、仲間の爪田が死んだ為、桐生は近ごろ機嫌が悪いのだ。
 僕は避けようとしたが、できなかった。桐生が声を掛けてきたのだ。
「おい、所沢、金もってねえか?」
 僕はびっくりした。
「お金?」
 僕の懐には、わずかのお金がはいっていた。しかし、これをやると帰りの電車に乗れなくなるのだ。
 僕はきっぱりと言った。
「お金なんて持ってません」
「ほんとか!」そう言って、アッと言う間に桐生は僕のポケットからお金をもぎ取った。「きさま、嘘ついたな。このー、しごいてやる。こっちの陰に来い」
 僕はゾーッとした。
 近ごろは影子がいたおかげで、僕はほとんどしごかれなかった。しかし、影子のいない今、これをきっかけに僕が影子の代理にされるかもしれない。そんな未来の事に震えたのだった。
 だが、その時だった。
「ギャーッ」桐生がものすごい悲鳴をあげて、倒れたのだった。
 それっきり彼女は動かなかった。僕はソーッと近づき、脈を調べた。しかし・・・。
(死んでる)
 もうどうしたらいいか、僕には分からなかった。僕は大声で叫んだ。
「みんなー、この人が死んだ!」
 もう半分、僕は放心状態になってた為、詳しい事は忘れたが、あとは大人が桐生の死体を始末してくれたと思う。

 翌日、学校で、はっきり桐生が死んだ事を知った。先生の話じゃ、桐生はものすごい力で心臓がつぶされていたと言うのだ。原因不明だと先生は言ったが、僕には謎が解けていた。
 これも影子の復讐の一つだったのだ。そう、どこか遠くから念力を使って、桐生の心臓をつぶしたのだ。影子は自分をいじめたスケ番グループを壊滅させるつもりなのだ。
 と、すると、次に狙われるのは大場・・・。
(急いで、大場に、影子に謝るように言わなければ)僕は思った。
 その日、大場は学校に来てなかった。
 そこで、帰り、僕は大場の家に寄った。
「なんだよ、きさま」玄関に出てきた大場は言った。
「大場さん、影子が君を殺そうと狙ってるんだ」
「それがどうしたんだ」
「影子は、爪田も桐生も殺してるんだ。そして、君も殺そうとしてるんだ」
「へー、そうかい」大場も、その事に大体気が付いてたらしかった。
「早く、影子に謝るんだ。あの子は超能力を使えるんだ」
「へん、あんな奴、ちっとも怖くない」大場は口ではそう言ってたが、かなり震えていた。「言いたいのはそれだけか?」
「ああ」
「じゃあ、さっさと出てけ!」
 大場はものすごい勢いでドアを閉めた。
「待ってくれ。影子に謝るんだ。君も殺されるぞ」
 僕は必死に叫んだが、大場は二度とドアを開けようとはしなかった。仕方なく、僕は引き下がった。

 次の日、ホームルームで太田先生は言った。
「また悲しい知らせをしないといけない事になった。桐生に続いて、昨日、大場も星となった」
 教室中がざわめいた。
(やっぱり・・・)僕には、こうなる事が大体分かっていたから、大した驚かなかった。
 先生は話を続けた。
「何かでノイローゼになり、自分から首つり自殺をしたと言う事だ。皆、大場の墓にお参りに行ってやれよ」
 僕にはノイローゼの原因が分かっていた。影子がいつ自分を殺しにかかるかでノイローゼになったのだろう。大場は死を覚悟してたが、いつになっても影子は殺しにかからない。とうとう堪らなくなって、自ら死を選んだのだろう。
 大場の死にざわめいている教室の中で、僕は影子の笑い声が聞こえたように感じた。

      4 自首

 大場が死んだあと、それっきりクラスメートが死ぬ事件は起こらなくなった。
 影子もほとんど忘れられていた。僕も、影子を探すのを完全に打ち切っていた。

 あれから、もうひと月は経っただろうか?
 スケ番グループも壊滅し、僕のクラスは平和そのものとなっていた。何も恐れるものが居なくなり、僕は楽しい毎日を過ごしていた。
(これも影子のおかげなんだな)
 自分の部屋でベッドに転がりながら、僕は思った。
 あの時は必死に影子のする事を止めようとしたが、今考えたら、雨降って地固まるだったのだ。
(影子、今頃どうしてるかなあ)
 急に影子の事が懐かしくなってきた。一緒にいた時はあんなにいじめたく思ったのに、今考えると、ただ懐かしいだけで、そんな気持ちは全然おこらなかった。
(今、影子、なにしてるかなあ)
 そう思うと、ますます影子と会いたくなった。可愛くて、無邪気で、そして人懐っこい、あの影子が懐かしくて仕方が無かった。
(どうして、影子、あれっきり姿見せないんだろう。もしかして死んじゃったのかな・・・。そんなのやだ)
 僕は、影子と会いたくて、泣きたくなった。
「影子・・・」
 僕は泣いた。影子が僕から離れていくのを思い浮かべると、泣かずにはいられないのだ。
 その時だった。
「所沢さん」
 僕はハッとした。その声は、影子の声ではないか。
「影子、どこにいるんだ。出てこいよー」嬉しさを隠せず、つい僕は言った。
 すると、また影子の声が聞こえた。
「そこには居ないわ。私、テレパシーであなたに話しかけてるの」
「どうして家出したんだよ。僕、君が居ないから寂しかったんだよ」
「私、自首する事にしたの」
「えっ、自首?」
「あなたはもう知ってるはずよ。私が、ママをはじめ、桐生たちを殺した事を」
 やはり、桐生たちを殺したのは影子だったのだ。
「どうして自首なんかするんだよ。君がやったなんて、僕以外誰も知らないんだよ」
「そりゃ、あの頃は私、復讐に燃えてたわ。しかし、それが醒めきった今としては、自分のやった重大さに気が付いたのよ」
「仕方ない。君から自首するって言うんだから、仕方ないや」
「じゃあ、明日の午後三時、図書館で待ってるわ」
 それっきり、影子のテレパシーは途絶えた。

 翌日、学校が終わると、図書館へと走った。もう三時には五分もオーバーしてた。
(影子と会える)
 もう胸がはち切れそうなほど嬉しかった。ちょっぴり恥ずかしい気もした。
 僕は図書館に入った。
「影子。どこにいるの?」
「ここよ」
 その声に振り向いた。そこには影子がいた。
「影子・・・」
 彼女は麦わら帽子で顔を隠していた。
 僕は、何だか彼女が可哀想になった。
「影子。まだ傷が治ってなかったんだね。可哀想に」
「私の顔、見てみたい?」影子が言った。
「いいよ。君の傷ついた顔なんて、可哀想で見ていられない」
「いいの」そう言って、影子は麦わら帽子を脱いだ。
「あっ」
 あの時の僕の驚きはきっと並大抵のものじゃなかっただろう。
 あんなに酷かった傷がすっかり消え、影子はあの可愛い顔を取り戻していたのだ。しかも、あの美しい髪も元の長さに戻っていた。その顔で、影子は眩しいほど可愛らしく僕に微笑んだのだ。

「なぜ、そんなに早く傷が・・・」ちょっと舌が回らず、僕は言った。
 影子は答えた。
「へへへ。私は凡人と違うのよ」
「凡人と違うって?」
「そう、続けて質問しないで。今、私、頭がいっぱいなの。もっと順を追って説明してあげるわ」
「先に一つ教えてよ。なぜ僕を呼んだの?」
「一人で自首するの、心細いの・・・。だから、付き合ってほしくて」
「そうか」
「今までの事、説明するわ」
「うん、してよ」
「もう、おおかた知ってると思うけど、最初から説明するわ」
「うん」
「この前、桐生に私、顔中めちゃくちゃにされたしょ。あの時は、もう私、恨みでいっぱいだったわ。しかし、復讐もできないし、泣きたいぐらい辛かったわ。それで、偶然、一つの映画を見たのよ」
「それが『キャリー』だね」
「う ん、思ったより色々知ってるのね。私、見る気なんか、ちっとも無かったけど、あの看板見てたら、ぜひ見ないといけないように感じたのよ。あの映画を見て、 私はびっくりしたわ。だって、あの主人公と私がそっくりなんですも。もしかしたら私も超能力を使えるんじゃないかと思ったの。そこで、映画を見てる最中、 しつこく私にちょっかいをかける男を睨んでやったの、すると、その男は椅子ごと転げちゃったわ。私にも超能力があると知って、もう喜びに溢れ、そこを飛び 出したわ」
「そして、ここに来て、超能力について調べたんだね」
「どうして、それを?」
「超能力、超能力」
「ま」影子が笑った。「とにかく、あなたの言うように、ここで超能力について調べた結果、私がミュータントだと言う事が分かったのよ」
「ミュータント!」
 ミュータントと言えば、あのややこしい訳の分からぬ言葉である。
「ねえ、ミュータントって何なの?」
「簡単に言えば、突然変異の事よ」
「突然変異って?」
 あんまり僕が分からないので、影子の方もやりづらそうだった。
「とんびが鷹を生むと言うことわざがあるしょ。あれよ。生物とは常に進化してるのよ。今の人間だって、北京原人の進化したものなのよ。北京原人から見れば、今の人間が突然変異。それと同じように、今の人間から進化した人間をミュータントと言うのよ」
「そういう意味か」やっと僕も分かった。「つまり、進化人間ね」
「そう」
「なんで、君がミュータントだって言うの?」
「私と人間が馴染めないのが重要な証拠よ。私が人間と違うから馴染めないの。そう、今の人間とミュータントは、犬と人ぐらい差があるのよ。だから、皆は私が犬のような立場に見えてしまうから、いじめるのよ」
 僕はなるほどと思った。考えれば、僕が昔、影子をからかいたくなった気持ちは、犬をからかうのと同じ気持ちだったのだ。
 では、影子と会えず寂しくなったのは、ペットが逃げた時の気持ちだったのだろうか。
 僕はその考えを打ち消した。僕は影子を人間として付き合いたかったのだ。

 影子は話を続けた。
「それから、私は超能力の練習をしだしたわ。そして、簡単にテレパシーと念力を身につけたの」
「爪田を殺したあと、君はテレパシーで皆に話しかけたんだね」
「そう。このあとはもう分かるしょ。私は映画を真似して、ママをはじめ、爪田、桐生と三人も殺したわ。しかし、それっきりだったの。あれだけ強かった憎しみも消えてしまい、逆に罪悪感が残ってしまったの。もう、毎日、それに悩まされたわ」
「それで自首する気になったのか」
「ええ」
 影子の顔が暗く沈んでいた。よっぽど罪を感じてたのだろう。
「ねえ。私を警察に連れてって。お願い、一人じゃ怖いの」
「しかし、信じるかな。超能力で殺すと言うのは不能犯(罪にならない犯罪。呪い殺すなど)にされるんじゃ」
「大丈夫。絶対、説得させる。警察に捕まらないと、私、辛いのよ」
「仕方ないや」
 僕は影子がおかしく思った。普通の人間なら、こんなにうまく完全犯罪ができたら自首なんてしないはずだ。やはり、ミュータントと人間は違うのだろう。
 その時、近くにいた男がわざと影子にぶつかり、怒鳴った。
「きさま、気を付けれ!」
「なに!」影子が男を睨んだ。念力でそいつを懲らしめようとしてるのだ。
 僕は慌てて止めた。
「止めろ、罪を増やすつもりか!」
「・・・」
 影子は仕方なく念力を使うのをよした。しかし、悔しいらしく、彼女は震えていた。
 僕は言った。
「いいかい。これから警察に行くよ。だから、それまで絶対、超能力を使っちゃダメだ」
「ええ」そう言ってる影子は、辛そうだった。
 僕と影子は図書館を出た。

「ねえ、私、どうなるのかしら・・・」道で、影子は心配そうに言った。
「さあ、死刑、無期懲役・・・」
「そんなに酷いの?」彼女がびっくりしてた。
「決まってるじゃないか。三人も殺したんだも。それでも、警察、行くかい」
「ええ。仕方ないわ」
(可哀想に)僕は思った。まだ二十にもなってないのに少年院行きの影子を思うと、そう考えずにはいられないのだ。
「キャッ」と、突如、影子が悲鳴をあげた。
 びっくりして、僕は振り向いた。
「どうしたの?」僕は聞いた。
「あのおじさんが、わざと私に・・・私に水をかけたの」
 泣きそうになって、影子は僕に濡れた服を見せた。
 おじさんと言うのは、花屋の主人だった。彼は、ここら辺でも嫌みな事で有名だった。
「おじさん、影子になんて事するんです。弁償してください」僕は言った。
 だが、花屋は言った。
「知らんね。水かけたなんて」
 そうは言ってても、水桶を持ってるから、かけたのはこいつだとすぐ分かる。
 もう一回、僕は怒鳴った。
「嘘つかないでください」
「きさま、俺に逆らうのか!」そう怒って、花屋は僕に自分の筋肉を見せつけた。
「・・・」僕は黙った。「仕方が無い。影子、行こう」
「しかし・・・」影子は、半泣きになって、花屋を睨んだ。
 僕はそれを慌てて止めた。
「止めろ。警察に着くまで、念力使わないって約束しただろ」
「・・・」
 影子は下を向き、鼻をすすった。そして、僕に、黙ってついてきだした。

「なぜ、私ばかりがいじめられないといけないんだろう」影子が、泣きながら言った。
「仕方ないよ。みんな、君が犬のように見えてしまうんだから」
「なぜよ。私の方が上の立場なのよ。それなのに、なぜ、いじめられる立場にまわらないといけないの?」
 彼女の口調から、また復讐に燃え出してるのに気が付いた。
 僕は言った。
「もう何があろうと一直線に警察へ行こう」
「うん」
 僕はホッとした。また復讐に燃え、警察に行かないと言い出されると困るからだ。
 しかし、彼女のしゃべる話は、人間への恨みばかりだった。
「なぜ今の人間は、こんなに残酷なのかしら。野蛮で凶暴で、しかも残酷・・・」
「そう、人間の悪口言うなよ」
「そりゃ、あなたは人間だから分からないでしょうけど、私は人間じゃないのよ。目が痛くなるほど、人間の残酷さを見てきたわ。きっと、このままじゃ、人間はおろか地球さえもダメにされてしまうわ。そう、ミュータントに地球を譲ってくれればいいのよ」
「ミュータントって、君一人にこの地球をやれって言うの?」
「ミュータントは一人や二人じゃないわ。世界中に、私のように世間からいじめられているミュータントがいるのよ」
 それを聞き、僕は何となくゾーッとした。世界中に超能力で世間に復讐しようとしている人々がいると言うのだ。
「全てのミュータントが立ち上がったら、今の人間なんて怖くないわ。ミュータントが地球を征服したら、もう私もいじめられなくてすむのよ」
 僕は思った。
(前、影子は自分の事をいじめられる立場として生まれてきたんじゃないかって言ってたけど、本当はいじめる立場だったんだ)
「そうよ。超能力で地球中の人間を抹殺してしまったらいいのよ」
 そこまで言うと、僕は慌てて止めた。
「バカな事言うなよ」
「しかし、悔しいのよ。私をいじめた世間に復讐したいの」
「警察行くんだろ。もう、そんな事忘れろ」
「・・・」
 僕は胸騒ぎがした。今、影子はまた復讐に燃えてる。もし、それをバクハツさせたら、本当に世間に復讐するだろう。
(早く警察に行かなければ)
 しかし、僕たちの前には、ここらでももっとも乱暴な不良高校生のグループが立ちふさがったのだった。

「礼、しろよ」不良のリーダーが言った。
 僕は逆らわず礼をしたが、影子はしようとしなかった。
「影子、礼するんだ」僕は言った。
「いやよ。私より下等な人間に礼するなんて」
「影子!」僕はびっくりした。
「きさま、我々なめてんのか!」不良の一人が言った。
「お願い、許してください。見逃してください」僕は必死に言った。
 すると、不良のリーダーが言った。
「心配すんな。お前には何もしない。そっちの女に用事があるんだ。おい、その女を連れてこい」
「影子には手を出さないでくれ」
 僕は必死に言ったが、不良の一人に押さえつけられた。
「フフフ、可愛がってやるぜ」
「やめて」
 泣きわめく影子を、不良のリーダーは陰に連れていった。影子のものすごい泣き声が聞こえた。
「影子!」
 僕が叫んだ、その時だった。
「ギャー!」
 陰から、不良のリーダーが吹っ飛んだのだ。それとともに、顔中真っ赤にして泣いている影子が出てきた。
「影子」僕は言った。
「もう、こんな生活、いやよ。人間を全滅させてやる!」
 あの時、影子がそう言ったのを、僕ははっきり覚えている。
 影子はそこを逃げ出した。不良たちがひるんでる隙に、僕も逃げ出した。
「影子、待てよ」
 僕は影子を追っかけた。しかし、影子は鹿のように走るのが早く、あっという間に見失ってしまった。
(なんてこった)僕は思った。
 何か恐ろしい事が起きそうなのが感じられた。

      5 スペクタクル

 それっきり、僕は影子と会ってなかった。また、影子と会った事は誰にも言わなかった。今の彼女は、もう気が立ってる。また自分から戻ってきてくれるのを待つしか手が打てないと思ったのだ。
 しかし、もう影子は二度と自首してくれなかったのだ。

 もうあれから二週間は経ってからだった。
 とうとう影子の復讐が始まったのである。
 あの日の昼、僕は呑気にテレビを見ていた。と、急にテレビがはいらなくなり、雑音がはいった。
(どした、どした?)
 僕がテレビをいじくった時、突如、謎の声が外から聞こえてきたのだ。
「東京中の人間よ。私に降伏したまえ。お前たちの支配の時代は終わったのだ」
(影子の声だ)
 びっくりして、僕は外に出た。しかし、影子の姿は見当たらなかった。またテレパシーで、東京中の人間に話しかけてるのだろう。
 再び、影子の声が聞こえた。
「今、テレビがはいらなくなったでしょ。これは私が念力で電波を妨害したのよ」
「きさま、なにもんだ!」誰かが叫んだ。
「私はミュータント。地球を人間から譲り受けるべき種族よ」
「ふざけるな、きちがい!」誰かが怒鳴った。
「フフフフフ、私の力を教えてあげようか。今、東京の上を飛んでる旅客機を落としてみせる」
 その途端、空で爆発音が起こった。そして、火の玉になった飛行機が遠くの方へ落ちていき、爆発した。
 外では、皆がそれを唖然として見ていた。
「ホホホホホ。分かった?今日はこのくらいにしておくけど、返事が遅れるなら、これからも東京を破壊し続けるわ。そして、もっと遅れるならば、世界中を破壊する」
 影子の声が聞こえなくなった。
 僕は唖然として、自分の部屋に戻った。

 僕は悩んだ。これからどうしたらいいか、分からなかったからだ。
  恐らく、人間はあの声の主に挑戦するだろう。しかし、声の主の正体を知ってるのは僕だけなのだ。たとえ、影子と友達と言っても、僕は皆に彼女について知ら せないといけないだろう。しかし、それをまず誰に知らせたらいいのだろうか?警察か?いや、警察に行っても、気違い扱いされるだけだろう。
 じゃあ、どうすればいいのか?
(待てよ、一人だけ信じてくれそうな人がいる)
 僕はそう思い、家を出た。

「それは本当なのか」驚いて、太田先生は言った。
「ええ、間違いないはず」
「なんてこった。君もなぜ、それを早く言ってくれなかった?」
「影子を悪者にしたくなかったんです」僕は言った。
 僕は、影子がミュータントだった事、それに今の事件について、一部始終、先生に話したのだ。
「あの子も、とんでもない事をやり始めおって・・・」
「しかし、本当は影子をいじめた人間の方が悪いんですよ」
「所沢、いつまで間野の肩を持つんだ。もう、あいつは人間の敵なんだ。さ、自衛隊に行こう。この事を知らせなくては」
 僕は半分がっかりしてた。やはり、言わない方が良かったのだろうか。本当は人間の方が悪いのに、また影子の方が攻撃されないといけないのだ。影子が可哀想で仕方が無かった。

 自衛隊では、僕の情報により、敵の正体が影子だと分かった。
 しかし、それっきりだった。だって、影子がどこにいるか分からないのだ。攻撃のしようがない。
 自衛隊の仕事は、結局、影子の攻撃(ビルの爆発、飛行機の墜落など)の被害者の救済に押しとどまった。
 また、世界各国の代表は日本に集まり、影子への対策を考えた。

「今日の朝、東京A地点で30台以上の車が大爆発を起こしました。これも、ミュータント影子の仕業だと思われます。現在、自衛隊は影子を必死に探してますが、今のところ、足跡一つ見つかっていません」
(影子、ほんとに大変な事しやがって)テレビを見ながら、僕は思った。
 僕はまた影子と会いたかった。また自首にこないかと思った。
 その時、再び影子の声が聞こえた。
「人々よ、返事はまだか。無駄な事はやめて、降伏しなさい。お前たちの時代は終わったのだ」
 内容からして、影子が自首したって感じではなかった。
 僕はがっかりした。

 ある日、僕の中学校が爆発した。
 夜だったので、生徒で死者は出なかったが、学校は危険だと言うので、東京中の学校が臨時休校になった。
 また、東京中で、仕事をさぼる人が現れた。職場で一緒に死にたくなかったからだ。
 東京の人たちは、いつも怯えて、生活をしなくてはいけなかった。

 また、東京を逃げ出す人もいたが、それは無駄骨と言ってもよかっただろう。
 なぜなら、影子は攻撃範囲を広め、日本中を破壊しだしたのだ。
 道路が片っ端から破壊され、日本の交通は崩れつつあった。

 時々、影子は日本中の人間にテレパシーで話しかけた。
「降伏はまだか?まだ待たせるのならば、世界中を破壊するぞ!」

 影子の破壊範囲は、次第に世界へと広まっていった。
 そうなると、今まで呑気にしてた各国も慌てだした。影子への対策を必死に考えだした。しかし、依然として、いい方法はまとまらなかった。

「一体、これからどうなるんだろう?」新聞に載ってる影子の破壊作業を読みながら、僕は思った。
 もう影子とは会えないのだろうか。この調子だと、影子はもう絶対、自首したりしないだろう。きっと、このままだったら、人間は滅ぼされてしまうだろう。
 影子は、すぐ近くにいるはずなのに、見つからないのだ。
(確かに、影子はいじめられた復讐をする権利はある。しかし、これでは行き過ぎじゃないか)僕は思った。(やはり、影子を殺さない限り、もう世界は平和にならないのだろうか)
 そう考えると、何か影子が可哀想だった。影子はいじめられ、さらにいじめられて死ぬのだ。
 影子を殺したくないと、僕は思った。人間さえ影子をいじめなかったら、彼女もこんな事をやり始めなかったのだ。
 影子の事を思うと、非常に会いたくなった。たまらなく会いたかった。あの無邪気な可愛らしさを見たかった。
(しかし、影子は見つかり次第、殺されるんだ)
 そう思うと辛かった。そして、どうにか影子を助けてやりたかった。
(先に僕が影子を見つけ出して、人間への復讐をやめさせたら、影子も殺されないかも)
 僕は立ち上がった。

 それから僕は再び影子を探すのに努力した。
 しかし、自衛隊にも探し出せない影子を、僕が見つけ出せるはずがなかった。
 日も暮れ、僕はがっかりして、自分の家に戻った。
「ほんとに、影子、どこ行ったんだろ」
 そう思いながら、僕はテレビのつまみをつけた。テレビではオルガンの宣伝をしてた。
(オルガンと言えば、影子のやつ、ピアノ好きだったな〜)
 僕は、影子のピアノを弾く姿を思い出した。
 と、それとともに、僕が探し忘れた場所を思い出したのだ。
(よし、明日、あそこに行ってみよう)
 僕は、その日、早く寝た。

 翌日、僕は、父母が気が付かないように、ソーッとうちを出た。もし、影子の居場所がばれたら、彼女の命が危ないからだ。
 僕は、近くにある森の中に入っていった。その中には、古い洋館があるのだ。そう、影子が家出した時見つけたと言う洋館である。
(もう、あそこしか影子の行きそうなところはない)
 そう思い、僕は洋館へと向かった。
「あった」
 100メートル先あたりに、洋館が見えだした。
 その時、誰かが僕の肩を叩いたのだ。
「だっ、だれ?」僕はびっくりした。
 そこには、太田先生がいた。

 先生は、ニコリと笑って、言った。
「実を言うと、君なら絶対、間野の居場所を見つけると思って、前から見張ってたんだ」
「この事、誰かに知らせたんですか?」
「いいや。今、皆はエスパー作戦に夢中なようだから、知らせても聞いてくれそうじゃなかったからな」
「エスパー計画って?」
「間野を見つけたところで、超能力で科学兵器が通用しないかもしれないだろ。だから、エスパーを使い、やっつけようって言うんだ」
「超能力には超能力か」
「そう」
「待って。エスパーもミュータントじゃない?もしかして、影子の味方するかもよ」
「勘違いしちゃ、困るねえ。エスパーとミュータントはまるっきり違うもんなんだ。エスパーは、ミュータントでもないのに超能力を使える人間の事なんだ」
「そう」
「ところで、あの洋館に影子がいるのか」
「ええ、いると思うけど」
「よし、行こう!」
「待って、先生。見つけたら、どうするの?殺すの?」
「まさか。間野も先生の教え子だ。どうにか説得して、連れ戻してやるさ」
「ほんと?」
「ああ」
(良かった)僕は思った。
 先生の出現で、影子が殺されるんじゃないかと心配したが、この調子じゃ殺されないで済みそうだった。
「行こう」先生は言った。
 僕と先生は洋館に近づいた。

「待て、ピアノの音がするぞ」洋館に近づくと、先生が言った。
 先生の言う通り、ピアノの音がする。
「あれは、影子がいつも弾いてる曲です」
「じゃあ、やはり、間野はここにいるのか」
 僕と先生は洋館に入った。
「あっちから聞こえるぞ」
 二人は奥へと進んでいった。ピアノはどんどん大きく聞こえる。
「ここだ」寝室の前で、先生は言った。「いいか。開けるぞ」
「うん」
 先生がソーッとドアを開けた。

 そこで、影子がピアノを弾いていた。彼女は、キリスト教徒のような衣装を着ていた。
「とうとう来たわね」ピアノを弾くのをやめ、静かに彼女はこっちを向いた。
「間野、なんて人騒がせな事をしたんだ。さ、一緒に帰ろう」先生が冷静に言った。
「いやです」影子は冷たく言った。
「なに言ってんだ、影子。前みたいに自首しろ」僕が言った。
「いやです。私は、地球上に君臨したゴミどもを滅ぼすまで続けます」
「バカな事を言うな。君の為に、地球は滅びかけてるんだぞ」
「どうせ、このままでも地球は滅びる。どうせ滅びるのなら、一緒に人間も滅ぼした方が地球の為です」
「めちゃくちゃな・・・」
「人間が滅びたあと、私は仲間のミュータントとともに平和な世界を築き上げるのよ。ホホホホホ」
「そんな事させてたまるか」
 先生が影子に飛びかかった。しかし、影子が手を振った途端、先生は弾きとんだ。
「およしなさい。私を触れる事はおろか、近づく事もできないはずです」
「ちっくしょー」
 先生は外へ出ようとした。その途端、ドアが固く閉まり、開かなくなった。
「開かない・・・」
 先生は必死に外に出ようと頑張ったが、ドアは開かなかった。先生は仕方なくドアから離れた。
 すると、影子は冷たく微笑んだ。
「ホホホホホ、無理よ。ここから逃げる事はできないわ。私がピアノを弾き終えるまで待っていなさい」
 そして、また影子はピアノを弾きだした。
 完全に僕と先生は監禁されてしまったのだった。

      6 解決

「そろそろ、あなた方もあの世に行ってもらいましょうか」ピアノを弾きながら、影子が言った。
「とうとう来たか」先生がつぶやいた。
「どっちが先に死にます?」僕はポツンと先生に聞いた。
 先生が言った。
「先生が先に行く。お前は逃がしてもらうんだ」
「しかし・・・」
「いいんだ」
 先生は影子に近づいた。
「間野、先生は死んでもいい。しかし、所沢は逃がしてやってくれ」
「いいわ。条件を一つ飲み込んでくれたら」
「条件?」僕が言った。「なんだい?言ってごらん」
「私と結婚しなさい」
「なんだって」僕はびっくりした。「とんでもない」
 だが、先生は言った。
「なぜだ?」
「私は所沢さんを愛してしまった。もし私と結婚してくれたら、殺しません。どうです?」
「どうする、所沢。結婚してやるのか?」先生が言った。
「・・・」さすがに答えに迷った。
「結婚しなさい」
「所沢、結婚してやれ」先生も言った。
「いや、断ります」僕はきっぱりと言った。
「えっ」影子と先生はびっくりしてた。まさか、断るとは思ってなかったのだろう。
「なぜ?あなたも私を愛してたはずよ」影子は泣きそうになって、言った。
 僕は言った。
「ああ、僕も影子を愛してる」
「ほんと?」影子の顔が笑顔に変わった。
 しかし、僕は言ってやった。
「僕が好きだったのは、今の君じゃない。昔の君だ。昔の君は、今の君みたいに残酷で、いばってなかった。もっと無邪気で、可愛かったんだ。今の君は大嫌いだ!」
 影子は下を向いた。
 続けて、僕は言ってやった。
「昔の君と結婚できるなら大歓迎だけど、今の君が相手だったら死んだ方がましだ」
「・・・」影子は何も言わなかった。
 僕はもう死を覚悟していた。
 しかし、影子はかすかに微笑して言った。
「分かった。私、昔の自分に戻るわ」
「ほんとかい。じゃあ、もう人間抹殺なんて止めるんだね」
「ええ」
 つい僕はバンザイをしたくなった。そして、愛の力に感謝した。
 だが、その時だった。
 この洋館の屋根が吹っ飛んだのである。

「間野影子。無駄な抵抗はやめて、おとなしく殺されなさい」
 外から、そういう声が聞こえた。
「エスパー軍隊だ」先生が言った。「透視で、ここを探し当てたんだ」
「ちょうどいい。自首しよう」
 僕はそう言い、エスパーの方むけて言った。
「おーい、みんな。影子が自首するぞ。逮捕して、連れていってくれ」
 しかし、冷たい返事が返ってきた。
「それはできない。我々は、影子を見つけ次第、射殺するように命令を受けた」
「何だって」僕は慌てて、影子のところに戻った。
「どうした?」先生が聞いた。
 僕は慌てて言った。
「早く、ここを逃げよう。危険だ」
「どうして?」
「やつらは、影子を殺そうとしてるんだ!」

 それから、僕は影子と先生とともに、そこを逃げ出した。
 はじめ、先生は影子を逃がす事に反対したが、どうにか説得した。
「影子。疲れないか?」走りながら、僕は影子に言った。
「ぜんぜん。ここを逃げ出せたら、あなたと結婚できるんですもの」
 しかし、何と言う事か。
 僕たちの前には、絶壁が立ちふさがってたのだ。

「どうしよう」
 僕たちは、絶壁を前におろおろした。
 そのうち、十数人のエスパーがこっちに向かってきた。
「さ、間野、こっちに来い。楽に殺してやる」エスパーのリーダーらしき男が言った。
「いやよ、やめて。見逃して」影子は泣き叫んだ。
 だが、冷たく銃口が影子の方に向けられた。
「やめろ!鬼」
 僕はエスパーに飛びかかった。だが、念力で吹っ飛ばされた。
「くそー」僕は悔しかった。
「フフフフフ、ミュータントめ、死ね」
「もう、いやよ、こんな生活」影子はものすごい声で怒鳴った。
 と、途端に絶壁から飛び降りたのである。
「あっ」僕は驚いた。
 一瞬の事だった。
「影子!」
 僕も無意識に絶壁から飛び降りかけたが、先生に引っ張られ、とめられた。
「さ、任務は終わった。帰ろう」
 そう言って、エスパーたちは帰っていった。
「ちっきしょー、人殺しめ」
 僕は彼らに怒鳴ったが、無視して彼らは去っていった。
 残ったのは、僕と先生だけだった。僕は先生の胸で思いっきり泣いた。そして、怒鳴った。
「なぜ、ミュータントが差別されないといけないんだ。人間の方がもっと悪者じゃないか。それなのに、なぜミュータントが死に、人間が生き残るんだ。人間なんて、人間なんて全員死んじまえ」
 先生は優しく言った。
「人間が滅びたところで、影子はよみがえらない。あきらめろ」
「しかし・・・影子、なぜ死んだんだよ・・・」
「あの子は生まれるのが早すぎたのさ」
 僕は鼻をすすった。
 僕と先生の目の前では、夕日が沈もうとしていた。

     END